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進化論裁判―モンキー・ビジネス (ナチュラル・ヒストリー選書)
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| ジャンル: | 歴史,日本史,西洋史,世界史
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| 人気ランキング: | 113466 位
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反進化論批判の草分け的1冊
今は亡きS=J=グールドと共に「断続平衡説」を提唱した進化生物学者のエルドリッジが、米国に深く根を張る創造論・反進化論に警鐘を鳴らした書。この問題を扱った日本語の文献としては草分け的なものだろう。訳者による巻末の解説も参考になる。
読んで感じるのは、原著の出版(1982)から25年、今も再生産され続ける創造論者の主張が、当時から本質的に何一つ変わっていないことである。断片的な「証拠」のつまみ食いとご都合主義の解釈、「奇跡」を平気で持ち出す反証不能性、進化論の否定が即ち創造論の証明であるかのような二項対立の議論…。科学は進歩するが疑似科学は進歩しないことがよく分かる。
唖然とするような数字もある。「あなたは進化論を信じますか」という問いに対し、米国での回答は「はい」が47%、「いいえ」が53%、米国人の半分以上は進化論を信じていないのである。この数字は今も基本的に変わっていない。当時のR=レーガンのような大統領さえ(08年10月現在在職中のG=W=ブッシュも)公然と創造論寄りの立場を取り、しかもそれが大統領選で有利に働くのである。こと進化論に関する限り、米国では19世紀から時間が止まってしまっているらしい。
ただ一方で、こうした動きの底にある反知性主義・偏狭な帰属心の強制は、決して米国だけの問題ではないことも心するべきだろう。むろん、相も変わらず「スピリチュアル」や血液型性格判断がもてはやされ、歴史や社会に対する怪しげな「論理より情」の議論に多くの国民が「何となく」共感してしまう日本も例外ではない。「学校で進化論を教えると子供たちが誇りや道徳心を失って暴力や薬物に走る」「理科教科書から進化論を削除して、代わりに聖書の創世記を教えろ」という創造論者の主張、似たようなことを誰かが言っているのを聞いた覚えはありませんか?
そういう意味では、進化論の問題に留まらず、「科学」を装った政治や宗教、さらに商業主義の問題を考える際にも参考になる部分は多い。物事に対する科学的・論理的な検証能力を身につけるためにもお奨めしたい1冊である。
貴重な文献
日本の無宗教環境って、もしかして凄く偉大な文化なんじゃないの?と、こころの底から思わせるほど不毛な論争―進化論vs創造科学―についての貴重な貴重な進化論側日本語文献。
似非科学について考えるとき、避けては通れない問題であり、この問題に絡んできた生物学者が書いたものは、それがそのまま重要な資料でもありうるのだ。
この問題は、日本人にとっての被害があまりない分、思うほど情報が入らないのであるが、似非科学に興味のあるのならば、ぜひ知っておきたい話である。
特別に面白い!とまではいかないが、やはり読んでおく価値はある。
興味深い
創造論裁判といえば宗教バカvs良識者というイメージがあったがそうではなかった。
創造論が根強い人気を持っているのは、科学者が「科学の正当性」を過信しすぎ創造論者を軽視したこと、創造論者が理論性の勝負をさけ、心情や信仰心に訴えるという戦略をとったことにあるとする。
これは人ごとではない。日本では創造論は活発ではないが、科学を装った嘘や迷信が広く信じられている。ダイエット、心霊、占いなど多種多様である。ほとんどは害のない物だが、たとえば血液型占いは血液型差別を引き起こす危険性をはらんでいる。この迷信は安全だがこの迷信は危険だ、などと線引きすることは難しい。
アメリカではどうやら自浄作用が働いたようだが、日本ではどうだろうか。世の中の仕組みだって、古い習慣や義理人情を理論性より重視しているのではないか。そんな日本に同じような自浄能力を期待できるのであろうか。
こんな連中と同盟してて大丈夫か?
アメリカ人がいかに非道い痴呆かが良く分かる本。ハルマゲドンを起こそうとしたレーガン(ゴルバチョフが先に試合放棄してくれたのは不幸中の幸い)やブッシュ一族がキリスト教原理主義者と云われています。
平河出版社
神と科学は共存できるか? 実録・アメリカ超能力部隊 (文春文庫) 盲目の時計職人 反・進化論講座―空飛ぶスパゲッティ・モンスターの福音書 神は妄想である―宗教との決別
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